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じこ

 1992年(平成4年)式のスバルのアルシオーネSVX(3300ccDOHC)に乗っています。



 2009年11月14日(土曜日)13:30ごろ、掛川市御所原の徳育保健センターの南の道路を西進して徳育保健センター駐車場に向けて横断右折しようとして停車中、対向車(ワンボックス軽自動車だそうです)に正面衝突されました。
 衝突の瞬間は時計を見ていたので、相手車両は見てません。
 強い衝撃と同時にエアバッグが開き、気づいたら菊川市立病院に向かう救急車の中でした。首が動かないように固定されていました。
 衝突後に私がドアを開けた筈(SVXには、速度が一定以上になると自動的にドアロックが掛かるという御節介な機能が付いてる、内側からはドアハンドルを操作すればロックは自動的に解除される)なのですが、記憶にありません。衝突後少しして、車がゆっくり前進してたのを、誰かが止めてくれた(エンジンを切ってくれた)らしいです。救急車に運び込まれた後に、乞われて車のスペアキーを誰かに渡した(メインキーはビニールのスプリングで服に繋がっている)らしいですが、覚えていません。事故時及び事故後の状況は、生涯学習センターの交通整理員の方が誰かから聞いた話を又聞きしてるので、正確なところは分かりません。
 当方も、センターライン(白色)を跨いで少し斜め向きに停車していたので、相応の過失割合が科せられると思います。
 相手車の運転者(七十代らしい女性だそうです、事故直後に自力で歩いていたそうです)も、救急車で掛川市立病院に運ばれたとのこと。掛川市立病院によれば、私と同様に、入院しなかった由。

 掛川警察署交通課によれば、週明け以降に、両当事者を集めて、現場検証を行なう由。
 ブレーキ痕は無かったとのことです。
 名乗り出た目撃者はいなかったそうです。

 菊川市立病院によれば、骨に異常は無く、打撲と擦過だそうです。脳震盪で、意識が朦朧とし、その後も手足に力が入らなかったのだろうと、いうことです。
 但し、翌朝までに、片側の手足が動きにくくなったり、頭が痛くなって激しく吐いたり、呼吸が不規則になったり、痙攣を起こしたりしたときは、脳神経外科のある掛川市立病院または袋井市立病院に救急で行けとのことです。因みに、腹部超音波、頭部・頸部・両膝・左手首レントゲンを撮りましたが、頭部CT・MRIは撮りませんでした(9月に倒れた翌日の掛川市立病院では撮ったのですが)。
 当日の晩は入浴や運動などは禁止されました。

 偶々事故後に現場を通り掛かった母が、私の車に気付き、直後の現場検証に立ち会ったのち、菊川市立病院まで来てくれました。

 SVXは、前部の左寄りに損傷が集中。一目見ても、バンパー、ナンバープレート、ボンネットが曲がっています。多分、前照灯Assy.やフロントグリルも駄目でしょうし、左右フェンダも膨らんでいるでしょうし、フレームも歪んでいるでしょう。勿論、エアバッグ一式(30万円以上)も駄目です。自宅まで約5kmを持ち帰る間、ハンドリングに違和感はありませんでしたけど。
 母から聞いたところでは、相手車は、右前部がぐっしゃり潰れていて、自走できなかったそうです。







追記:
>  但し、翌朝までに、片側の手足が動きにく
> くなったり、頭が痛くなって激しく吐いたり、
> 呼吸が不規則になったり、痙攣を起こしたり
> したときは、脳神経外科のある掛川市立病院
> または袋井市立病院に救急で行けとのことで
> す。

 翌日になっても、このような症状は出ませんでした。
 打撲部分(両膝と顎)と擦過傷(左手首と顎)が痛むのみ。

 翌日8:30からの、大頭龍(神社)遙拝所の注連縄作りを、欠席してしまいました。
 翌日に行く予定だった、フラワーフェスティバルと消防フェスタは、大事を取って、行くのを中止しました。


追記:翌日の午後になって、首が痛くなってきましたが、事故との関連は分かりません。



 2006年5月29日17時20分ごろ、過労と睡眠不足の状態で、一時停止の標識を見落とし、衝突事故を起こしました。
追記:2005年の手術で治ったと思っていた睡眠時無呼吸症候群が治ってないことが2006年7月9日に判明しました。過労と睡眠不足が事故の原因と思っていましたが、睡眠時無呼吸症候群により運転中に一瞬意識を失ったのが原因かもしれません。
 十字路での出会い頭の衝突。右から来た車の左側面の後部に時速30kmぐらいで衝突しました。相手車両(ダイハツのムーブ)は横転。
 相手運転手は、救急車で搬送されて異常なく、30日の精密検査でも異常がなかったのですが、30日から首と肩と腕が痛み始めたそうです。
 私は、30日夕から首が痛くなり、31日整形外科に行ったらムチウチと診断されました。エアバッグが有っても、なるんですね。尚、エアバッグに顔を突っ込んだときに眼鏡が壊れて出来た顔の傷は、31日時点では、まだ治りません。エアバッグによる両手の火傷は治りました。
 SVX修理費用は、板金やボンネットフード交換やバンパ交換やライト交換やフロントグリル交換やナンバプレート交換などが60万円程度、エアバック交換が32万円、合計90万円程度の見込みです。
追記:7月22日に、エアバッグモジュール(新規製造中)なしの状態でSVXを受け取ってきました。エアバッグモジュール別で841953円でした。
追記:11月16日、エアバッグモジュールが付きました。88279円でした。尚、代車は走行6千kmのレガシィB-SPORT(CBA-BL5)2000ccでしたが、トルクが細いのは止むを得ないとして、静かで、小回りが効き、軽快で街乗りでのハンドリングも良く、ATのマニュアルモードも使い易くなっていたものの、高速巡航での安定性は14年選手のSVXと大差ありませんでした。








 2004年8月17日の夕方、東海道本線も東海道新幹線も止まった大雨の中、東名高速道路沼津インターチェンジに向かう途上、前方視界不良のために路上で停車したところに、追突されました。
 若い女性で、こちらの車のブレーキランプが見えたときは手遅れだった由。徐行か停車すべき状況で走り続けたのですから非は向こうが100%。

 彼我の損傷を比較するに、スバルは丈夫です。(こっちはバンパー破損と他にちょい傷、相手は、ホンダのハッチバックだと思いますが、レッカー車の世話になったらしい)

 警察到着待ちと現場検証で約2時間のロス。そのあと、上り坂の道が川のようになっていたので、大事を取って、水位が下がるまで約20分ほど待機。
 尚、行き交う車は、ハザードランプを点滅させながら徐行していました。
 因みに、その後の東名高速道路も、視界が悪くて、時速40kmぐらいで流れていました。

 翌日、明るいところで見たら、バンパー以外にも損傷がありました。左リアフェンダー(クォーターパネル)は歪んでるし、トランクリッドは開かないし、ナンバープレートは凹んでるし。
 スバル沼津に修理に出しました。
 結局1ヶ月以上掛かりましたが、綺麗に直りました。修理前もちょっと見には事故車風では有りませんでしたが、追突によるボディ側面の歪みに梃子摺った様で(左リヤクォーターパネルは交換されてました)。また、ナンバープレート交換のため、沼津から浜松までの往復、陸送したそうです。

 修理中も、相手の保険でインプレッサスポーツワゴンのレンタカーを提供されたので、さしたる不便は有りませんでした。
 修理費用は約60万円だった由。

 蛇足ですが、4WDトランスファはVTD-4WD。豪華内装のバージョンLのため、後期のレガシィ用ベースのATを使ってるS4などと違い、オールニューレオーネ用ベースのATなので、傷みが早いようで、近日中にオーバーホールが要りそうです。
追記:2007年2月ごろから、3速と4速が酷く滑り始めた(何処かのブレーキかクラッチが滑っていると思われる)ので、2007年3月6日〜9日に357,314円(若しSUBARUカードで支払ってなければ36万7千円)を掛けてミッションをリビルト品に交換しました(3月10日から上京だったため、2速で高速道路を走るのは大変なので、代車なしで良いからと、急いで貰いました)。交換後のミッションに違和感があるので、無償で再交換の予定です。



 実は、2004年7月1日に、前の車の1987年(昭和62年)式アルシオーネVX(2700ccOHC)で、自損事故を起こしてます。
 以前に、パジェロの新車に追突して相手を廃車にしたときと同様、引っ越し作業で疲れているとき。原因は後述しますが、当時は原因不明で、過労の所為かと思っていました。

 新大井川橋(金谷と島田の間)で、ガードレールを壊して、縁石を乗り越え、一段高い歩道に乗り上げました。
 ガードレールは、約20mに渡って、ばらばらになって、跡形もなく吹き飛んでしまいました。
 フロントガラスを破ってガードレール破片(鉄パイプ)が飛びこんできて、ステアリングホイールを曲げて、顔の5cm手前で止まりました。尚、当時は義務付けられていませんでしたが、フロントガラスは合わせガラスです。
 歩行者がいなくて良かった。
 私も軽症でした。

 なぜガードレールに突っ込んだかの記憶はありません。ガードレールを跳ね飛ばしながら突き進んでる途中からの記憶が残っています。
 当時は原因が分からなかったのですが、翌年に重度の「睡眠時無呼吸症候群」(SAS)と診断されて、手術しました。SASで一瞬意識を失ったと考えると合点がいきます。

 車は、JAFのレッカー車で歩道から下ろし(3200円)、スバル島田まで6kmレッカー移動し(無料距離を1km超過で600円)、タイヤ交換と車体下面目視点検をし(無料・・・ロアアームがひん曲がっていたり、スタビライザのリンクがちぎれていたり、ぐらいと意外にダメージは少なかった)、スバル沼津まで82km自走し、修理に出しました。
 国道1号線の島田バイパス上りを、暫く通行止めにしてしまいました。(勿論、警察が規制した)

 結局、フロントガラスが生産終了。作ってもらえるかもしれませんが、その場合も、修理代は百万円近くになりそう。それだけ掛けて修理しても、小故障や小事故があれば修理用部品が手に入らない危険が非常に大きい。考えた末、泣く泣く廃車にしました。尚、事故から廃車にするまでに約300km走りました。

 三嶋大社の身代り守と、諏訪神社の交通安全御守護が、助けてくれたのかもしれません。
 右肩の軽い打撲(シートベルトによる)と右手の切り傷(破損したフロントウインドシールドの破片による)だけで済みました。鉄パイプが顔に達していたら、大怪我か、ことによったら即死でしたから。
 国産車では一番丈夫だとJAFの人も言ってましたので、次もスバルにしました。
 事故の数時間後、「道の駅 宇津野谷峠」で会った人に、驚愕されました。事故後に現場を通ったそうで、その車が自走しているなんて信じられなかった由。

 因みに、環七でブルーバードARXに追突されたとき、バンパーとナンバープレートと排気管の損傷だけでしたが、相手は冷却ファンがラジエータに食い込んで自走不能。蛇足ですが、このときの代車は日産プリメーラ1800でしたが、矢張り大量生産されてる車は完成度が高いと実感しました。

 アルシオーネVXの前の、1981年(昭和56年)式ニューレオーネ4WDターボAT(1800ccOHV)も、ラリー練習中に10mぐらいのジャンプはざらでしたが、丈夫でした。
 尚、ニューレオーネ4WDは量産されていますが、ターボは少なくて、エンジンルームの熱に起因する故障が多く、パワーに対して貧弱なのかATの変速ショックが大きくなるのが早かったです。熱関係は幾つかこっそり改良されていますが、私のはATにロックアップが付く(公然の秘密のマイナーチェンジ)前の初期モデルでした。
 蛇足ですが、4WDトランスファはMP-Tで、ステアリングを大きく切っての発進時にタイトコーナブレーキング現象が起きました。



 泣く泣く廃車したアルシオーネVXには、未練たっぷりでした。
 思い入れもありますし、新車が何台か買えるほどの整備費をかけて維持してきましたし。
 普通、古い車を維持するにはコストが掛かりますが、月産百台なんて車だと、月産一万台の車よりも完成度が低いので故障が多く、費用が嵩みます。
 大量生産のほうが品質が安定しているのは、車も他製品と同じですね。

 ミッションなんて30万円以上を掛けてオーバーホールして間もないし、オールシーズンタイヤ4本も八分山だし、20万円以上を掛けてボディの傷を全面修理したばかりですし。
 その他、部品供給停止の危険がある重要部品はそこらじゅう予防交換しましたし。大量生産車種なら、中古部品の入手に困りませんが。

 蛇足ですが、4WDトランスファはACT-4(電子制御MP-T)でした。車両の製造番号は145。


 私がお薦めする車は、丈夫で大量生産されているということで、普通車や小型車ならレガシィ、コンパクトカーならインプレッサです。

 SVXの追突事故のときの代車、バンかワゴンが引っ越しに便利なので、インプレッサスポーツワゴンにしました。
 小さい車って、町乗りでは運転しやすいですね。車体が場所を食わないとか小回りが利くとかいうことだけではなく、ドライバビリティが。SVXが重厚なのに対し、インプレッサは軽快。
 1500cc(SVXの半分以下)で、一般道路では大荷物を積んでいなければ充分ですが、東名高速ではインターチェンジからの本線進入時の加速が少々不満。時速150kmではふわふわだし。高速道路を良く使う方は、この手のを買うなら1800ccのGBスポルトが良さそうです。
 空荷でも荷物満載でも挙動が素直で、走りやすいです。
 あまりにも内装が安っぽいのは、借りたのが低グレードだから、やむなし。
 リッター9kmぐらい走り、しかもレギュラーガソリン。
 これぞ実用車。



 某サイトで「パジェロはRVではなく乗用車の基準で設計されてるから弱い」と書かれてましたが、1996年ごろの引っ越し準備中に私がパジェロに追突した(引越し作業で過労状態での不注意です、お恥ずかしい)ときにリヤサスぐちゃぐちゃになって新車が廃車になりました。
 因みに、その追突では、当方アルシオーネVXは、ボンネットがめくれあがって前方視界不良で自走不能でJAFに牽引してもらいましたが、前照灯とエアコンとウインドウォッシャと前方視界を除き、機能に支障はなく、自走可能でした。フレーム修正を含め、修理代は約90万円。富士重工の下請けで部品を新規製作したので、半年近く掛かりましたが。(長く掛かることが事前に分かっていれば、繋ぎに、ボロ軽自動車でも買ったのですが)
 そのときに引っ越した神奈川県横須賀市野比では、坂が多くて自転車ではしんどく、車なしで不自由しました。(それまでは東京都足立区の自己所有マンションに住んでました。今は賃貸に出してます。当時は綾瀬駅からバス13分でしたが、最近、すぐ近くに「つくばエクスプレス」の六町駅が出来てます。)
 尤も、野比駅(線路は単線ですが)に近く、コンビニも書店も銀行も八百屋も肉屋も魚屋も一膳飯屋も写真屋も有り、隣の駅(京急久里浜)のそばには病院もスーパーも100円ショップも食堂街もドラッグストアもフェリー乗り場もあり、八百屋と魚屋だけの現在の自宅(=実家)よりは遥かに便利でしたが。但し、アパートの向かいの魚屋(朝4時ごろに車のジーゼルエンジンを始動)と暴走族と消防署(頻繁に深夜にピーポー出動)の騒音には悩まされました。(野比駅は、私が野比に越してすぐ、YRP野比駅に改称されました)

磯津千由紀 Last modified:Nov.15,2009